コラム「三角の窓から」

ほお・・・・っ

カテゴリー:風子のひとりごと

 みるくうゆでゆっくり過ごす時間が、私を「素」に戻してくれる

土曜日の午後みるくうゆは、よくわからないけれど、まったりした市民社会の少数派が集まるのだ。

私が「落ち込んでいるのよお」と話し出しても、ありちが「ほうなんじゃあ」と笑い飛ばして、ところでもうちょっと痩せたら?

と笑う。南海地震がきたらどうなるかという話、女性が何で子どもを産まないのかという話、ケミカルピーリングで一挙に

美しくなるには?という話で盛り上がる。年齢も性別もバラバラの私たちの友情って、どんなものなんだろう、と。

和田さんは野鳥の会に徳永さんと一緒に出かけていって、また帰ってきた。

その人がそう感じることを、否定しての関係はなりたたない。

セクハラやDVを私は時々話題にして、本当はかつてのDV加害者だったんだろうなあと感じる人たちとも仲良し。

「セクハラ議員は応援しないことに決めた」と話すのを、うんうん、へえ、そうなんだあ、と相づちを打つ。

その人が緩やかな変化を、私に伝えてくれることはとても大事なことだと思っている。

ひとりひとりの感覚は、その時代や文化に大きく規定される。

その人を否定するよりも、今一緒に生きること。

 

グズグズ飲んだくれていても放っておいてくれて、あ〜ん!と言うと返事をくれる。

自分の居場所を本当に欲しいと思ってきた時があった。

私が私のままでいてもいい場所。

 

ここの空気は相変わらずのみるくうゆで、私が何を考えていようと、その緩やかさは変わらない。

人がそこにいることの暖かさ。

本当はみんな、そうした暖かさが一番欲しいんだよね。

崩れ落ちそうな時にそこに誰がいるのか。

そんなちょっとした、支えられる人と一緒に生きてきたことをしみじみ思う。

 

だいぶ疲れているなあと思う。

もうちょっとこのまま、グチャグチャにいるなかで考えることが私を作ってきた

 

悩まないために整理する論理は、もういくらでも手に入るところにいる

自分を守らないで、そのまま受け止めてみよう。

私はどこまで来たとしても、膝を抱えた小さな女の子を抱えている

これが私なんだなあ、それがより一層困難をもたらしても

仕方ないかあ、はああ・・・と。

 

 

 

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