コラム「三角の窓から」

女の子が生まれたら・・・

カテゴリー:練習用

先週フレア徳島であった映画「母たちの村」を観た時に、ラストの歌の歌詞が印象深かったので、そのことを書きたいと思った。女の子が生まれたら、教育を(うけさせなさい)という、たった一部分なのだけれど、自分のこの映画で得たものは、教育の大切さ。というより無知の恐ろしさだった。

アフリカで昔からの習慣としてあった、女の子が一人前になるための儀式、割礼。これは女性性器を一部切り取り、縫い縮めるという風習だった。何故そういうことをしたか?そのアフリカの村では、表面的には当事割礼をしていない女は一人前とされず、結婚できないという奇妙な通過儀礼であったが、根底には、女性から性的快感を失くし、結婚するまで処女でいるようにさせるという、支配の一つの形があった。

支配の場面は他にもいろいろと出てくる。村に普及し始めたラジオから、村人が知識を得る事により、それまで村で権力を握ってきた長老の立場が危うくなる事をおそれ、村中のラジオを没収するように命令する。また、割礼を娘達にさせることを拒んだある女性に対し、その家には圧力がかけられる。その女性の夫に対し、「お前がきちんと妻を管理しないからこんなことを起こすのだ、いうことを聞かない場合はムチで殴れ」と、ムチを渡され、村人達の前で決断を迫られた夫は、「割礼をさせると言わないか!」と殴り続けながらいう。本当は妻を殴った事などなかったし、妻を愛していたのに。

妻は倒れそうになりながらも、抵抗した。村中の女性達が「割礼をさせると言わないで!」と言い続けた。結局、割礼を受けた少女の一人がショックで死んでしまい、割礼を受けさせた母親は後悔の念でいっぱいになる。(この母親は先ほどの抵抗した女性とは別の人)そこで娘を想って泣く母親を慰めるうちに、もう二度とこんなことは娘達には受けさせない。娘達を死なせないという強い決意が母親達の中に芽生え、割礼用のナイフを取り上げた女性達は、高らかに割礼廃止の宣言をするのだった。

そしてラストの歌で、冒頭に書いた文句が出てくる。女に教育はいらないと言われた頃もあったけど、このことをもっと早く知っていたら・・・と思うことは何かにつけあることだと思う。今はいらないと思うことでも、どこかに置いておいて欲しいということがたくさんある。

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