コラム「三角の窓から」

遅ればせながら

カテゴリー:ガンのつぶやき

「判決、どうでした?」

と例のDV裁判(吉野川市DV殺人事件)について気にしてくれている人たちから聞かれた時、心なしかやや声高に、

 無期懲役でした。被告は控訴しましたが・・・」と答える。

6月19日の判決以降、たくさんの人に一応の結果を報告して、そして正直な自分の気持ちを話してきました。

そして今日、不意に「話しは変わりますが・・・」と、久しぶりに冒頭の質問をされて泣きそうになった。“辛い”とか“思い出してきつい”とかではなく、忘れないで気にかけていてくれた暖かい感じに気がゆるんで、涙腺もゆるんだ・・・かな?

「これは通過点にすぎない」と自分に言い聞かせながら、でも、今の結果の重大な意味をかみしめるように実感として受け止めている自分が居ることに、落ち着いて気が付きました。

そうだった!まだブログに報告してない!と帰りの車の中で反省しました。忘れていたのではなく、実はちょっと逃げてたかも。

では、あらためて

2007年6月19日 判決当日。

法廷は静まりかえって、息が苦しいほどに空気が濃く、硬く、そして動かなかった。これまでの裁判の中ではほとんど声を出すことのなかった裁判長が、落ちついた静かだけど力強い声で判決文を読み上げる。

「主文。被告人を無期懲役に処す」

私は息をつく音が漏れないように、大きく息を吐いて、それからゆっくりと吸ったことは覚えている。でも、ちゃんと身体に空気が行き渡らないような息苦しさでちょっとだけ思考が麻痺した。だからよけいに、裁判長の言葉をより冷静に正確に心にとどめようと意識した。

裁判長は

殺人の用意周到さ、残忍さについて、

日常的な暴力について認識がないこと、

保護命令違反について許し難い好意であること、

被告の反省が見られなく、情状酌量の余地がないこと、

そして、子どもたちの心に深く刻みこまれてしまった取り返しのつかない心の傷について、

その、すべてに対し、重く、丁寧に扱って頂いたことにじわじわと有難味がしみてくる。

暴力を許さない正当な判決結果

これが、DV当事者や私たち支援者の安全感になっていることは確かです。

控訴審の期日はまだ決まっていないけど、また高松高裁にせっせと通って、しっかりと傍聴してきます。

 

 

DV裁判 結審でした

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検察官による、長い長い論告求刑のための事件の概要が読み上げられた。これまでの証拠の数々の再確認。関係者の証言。DV防止法の意味と今後の影響について、などなど・・・。途中、裁判官に「時間が足りないのですでに出された証拠は省くなど、時間を考えて」と、注意されながらも2時間近く経過した。

そして、

「最後に求刑です。被告人を無期懲役に処し、押収してある脇差し一振り、柳刃包丁1本、出刃包丁1本、両出刃包丁1本の各没収が相当かと思われます」

傍聴席はほとんど満席だったけど、やけに重い雰囲気でシンとしていた。緊張した空気がため息すらも出させてくれなかった。

前の記者席で、涙をぬぐいながら必死でメモを取っている記者らしき女性の存在に、ホッとする。この事件の無念さと悔しさに、涙しながら仕事をしているのだろうか・・・・。しっかり、女性の怒りと悲しみを共感して記事にして欲しい。

誰一人として、母親も兄弟も・・・、情状酌量の証人になってくれなかった被告人。被害者側はもちろん、証人となった関係者、被告人の親族全員からも「出てきたら、何をするか分からない。逆恨みをされて殺される。死刑にして下さい」と口をそろえて言う。私もそのうちの一人。あらゆる証人が「死刑にして下さい」「極刑を望みます」と言っているけど、求刑は無期懲役。これが検察の求める限界なのだろう。

だれも示し合わせて打ち合わせをしたわけでもないのに、そこまで言われる被告人って何?知らない人からも怯えられ、親しい人からもこれほど恨まれるって、いったいこれまでどんな人生を送ってきたんだろう。

弁護士の形ばかりの弁論のあと、被告本人による意見陳述があった。言いたいことを言えばいいのだけど、まるで職場の上司に遅刻の言い訳をするかのような軽さで被告人席で話し出した。「だいたいは今の気持ちとして弁護士の言ってくれた通りです」

被告の心からの言葉ではなく「今は、反省しています」と、言い訳程度に「反省」を口にする。そして最後に

「控訴しますから」

被告本人は判決前だというのにすでに控訴することを宣言した。これがたかだか数週間前の公判の証言で、妻を殺害したことを「後悔していない」と言い切り、自らも死刑になりたいと言った男の命乞いなのだろうか。

判決は6月19日 判決の結果に期待したい。

 

ちょっとだけリフレッシュ

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ちょっとだけリフレッシュ

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久しぶりに京都で遊んだ。

夜、8時過ぎ。祇園の路地を迷いながら歩いていると、舞妓さんがお仕事に向かっているのにすれ違う。思わずUターンして帯のだらりを追いかけながら「こんな生き方もあったよな」と思う。「一見さんお断り」っぽい地味だけど高いだろうなと思わせるたたずまいの料亭に紛れて、町屋を利用したフランス料理や和風創作料理の店も並ぶ。一応表に出ているメニュー(の値段)をチェックする。なーんだ、普通の値段。でも、入らない。最初から決めていた、今夜は「ライブハウス」

○十年ぶりに踊りまくった。ステージの真ん前で座って1950年代から70年代ぐらいのなつかしーいロックンロールを何曲か聞き流すと、おしりのあたりがむずむずとして、座ってポップコーンをほおばりながら薄いカクテルを飲んでいることがアホらしくなってきた。気が付くと私の背後で、しましまのTシャツを着たおっちゃんが膝も軽やかにツイストを踊っている。私と年頃もあまり変わらない(か、それより上の)おっちゃんおばちゃんたちが学生時代に戻ったみたいに嬉しそうに踊っている。あっ着物姿の一軍もノリノリだ!そう言えば私もかつては部活代わりに「ディスコ」に通い詰めたんだったっけ。2ステージ分、ごきげんでしっかり堪能しました。

一緒に行ったツレは、MCの時に何故かHappy birthdayのメロディで名前を呼ばれていた。女性ボーカルにステージにおびき寄せられて、へらへらとしている間に両手に鈴なんか持たされて、得意げにスポットライトを浴びていた。バンドのメンバーと記念写真を撮った後、パチパチと線香花火を突き刺したしょぼいケージをサービスされて、「誕生日はちょっとずれてるけど、まいっか」とかなりご満悦。

たのしかったぁ。また行こう。こりゃ、しばらく癖になるわ。
 

傍聴後のつぶやき

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 26日・27日とDV殺人事件の裁判を傍聴してきました。

 このことを、何度となく書きかけては断念しました。実際、私は裁判所でメモを取ることさえできなかった。検察による長時間にわたっての証拠・証言の朗読内容は鮮明に覚えているのに、どこか感情をぶち切って水槽の中から周りの喧噪を眺めていたような感覚になっていた。

 26日の裁判はひたすら哀しかった・・・。被害者の遺族の証言を聞いて嗚咽をこらえた。事実を知るということが、こんなにも厳しいことなのかと心底心にこたえた。ひどくダメージを受けて、周囲の人たちと調和が取れない自分に気が付いた。この気持ちをだれかと共有したいとも思ったけど、そっとそっと持ち帰った。そして、一人であれこれ想った。

 裁判2日目、27日は被告人調書の読み上げ。身勝手な殺害動機と被告の独りよがりな言い分に、何をどうしたらいいか分からなくなるような無力感を味わった。私はその場で泣くことも、怒りを感じることもできず、ただそこに存在した。被告のふてぶてしい横顔を見ているうちに吐き気を覚えた。

 こんなんじゃ、裁判の中身は分からない!とがっかりされるかもしれませんね。

だからせめてものおみやげ。裁判所の南出入り口付近に咲いていた白と紫の藤の花です

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